清水勝彦著「戦略の原点」 を読んでみました。以下はメモです。
目次
所感
研究職でも管理職ともなると、技術をどのような戦略で開発していくか方向性を示すことが期待されます。説明する相手 は経営側ということになりますから、経営における戦略の考え方を知ることは、技術的な内容とは言え説明・説得する上 で意味があるでしょう。また、「戦略」と一口に言っても世の中での事業に対してどのような戦略の考え方があるかをま ず知っておくことは、知らないよりずっと良いでしょう。そういう「戦略の基本」を学ぶにはとても良い本と思います。
今日新しいビジネス用語が次々に生まれていますから、それらを使うと勉強不足な上司は「なんとなく」説得はできるか も知れません。けれどもその背後の考え方(基本)を捉えずに受け売りを繰り返していては、決して競合に勝つことはでき ないと思われます。というのも、競合も同程度以上は知識を仕込むからです。また、それらのいわゆる「バズワード」の 表層だけを真に受けたり、コンサルの受け売りで企業の戦略を立てていては、会社そのものを危うくすることになりかね ません。基本を捉えていれば、考えている戦略ロジックの破綻や限界にも気づきやすくなるでしょう。
頭では分かっているつもりですが、「形だけを真似しても勝つことはできない」ことを強調し過ぎるということはないで しょう。しかしそれは、周囲を見ると誰でもやりがちなことです。例えば、体制(組織)をいじることは手段であって、本 当のところは、それを最初に行ったところで何かが強化されることに直結はしないわけです。この本の冒頭にもあります ように、それぞれのケースに応じた戦略があるべきで、万能の戦略や他で上手くいったと見えている戦略を探すべきはな いし、それは目の前の課題から逃げて楽をしようとするのと同じことです。そんなことを考えました。
内容はそれほど難しくはなく、多分、研究開発に従事している人でもすらすら読めます。この手の本は数冊読めば、ケー ススタディの定番が分かってきます(サウスウエスト航空・セブン-イレブン・キャノン・トヨタ自動車・GE・スターバッ クスコーヒーなど)。
経営戦略とは何か
競争に勝つための作戦
戦略の定義
戦略とは、ある一定の目的を達成するために、ターゲット顧客を絞り込み、自社固有の強みを用いつつ、競争相手と比 べてより安い、またはより価値のある商品・サービスを提供するための将来に向けた計画である
2.1.2 戦略の基本要素
- 目的
- 3C (Company, Competition, Customer)
企業の目的と成長
- 会社の価値は、今の利益と将来の成長性で決まる
- 成長 = 競争力を高めるため
- 成長 = 刺激・やりがい
ターゲット顧客の選定
- ビジネスの要諦は「顧客満足」と「経営=利益の創出」の双方を成り立たせることにある
- どの顧客セグメントを選び、捨てるかという決断がなくては「差別化」をすることはできない
- 顧客のセグメンテーションは「属性ベース」に陥りがち:ニーズの深堀よりも属性の一般論にとらわれるリスクあり
- P&G、ベストバイでは「具体的な顧客イメージのニーズ追求で差別化を図るマーケティング」本質は顧客ニーズ
より安い、より価値の高いサービス・商品の提供
- 競争という視点で必要なのは「良い」ことではなく、「より良い」こと
- より良い商品/サービスは戦略の一部ではあるが、戦略そのもではない。
- どのようなビジネス、会社の仕組みで他社より「より良い」商品・サービスを提供できるかが、戦略の根幹
自社固有の強み・ユニークネス
- 戦略 = 強み
- 往々にして、我々は弱みに敏感だが、強みにはなかなか気づかない
- 戦略的とは「偏っている」こと
「競争相手は強いところばかりで、そんなところより強い点なんて一つもない」
- 強み・弱みは相対的なもの: 競争相手より強ければ良い、競争相手の弱みを見つければよい
- パーツで見ると強くなくても、全体の組み合わせでも強くなりうる
- 強い・弱いは顧客ニーズとの関連、どのような競争ルールで戦うかに依存する
企業の外部環境分析
二つの外部環境
マクロ環境
- Demographic
- Economic
- Political/Legal
- Sociocultural
- Technological
- Global
業界分析
- ファイブフォース分析
- 業界の魅力度を測る
- 業界の構造を知る
ファイブフォース分析とは、出発点であるし、ファイブフォース分析そのもは、判断材料ではあっても、決して結論ではな い
ファイブフォース分析
- ファイブフォース分析の基本的な考え方は「この業界で利益を上げることが出来るか」
- 1980年代に提唱
- 企業間の連携・サプライヤーとの協業などの概念は含まれない
業界内の競争
- 買い手の圧力
- 売り手の圧力
- 新規参入の脅威
- 代替の脅威
スイッチングコスト
「顧客が商品あるいは売り手を替える際に発生するコスト」のこと
スイッチングコストが高い場合
- 顧客を獲得するためにスイッチングコストを下げる必要がある
- 初めてのユーザーを獲得することが重要
スイッチングコストが低い場合
- 参入しやすいが、獲得した顧客が簡単に他社に移る
- 顧客の囲い込み = スイッチングコストを上げること(例:ブランド戦略)
- 基本的な競争は価格だけ
企業の内部分析
企業にとって重要なのは「何が強いか」「何が弱いか」
有形資産と無形資産
最近では無形資産の重要性がより注目されている。その理由として、無形資産は真似しにくいことがある。他社に対す る差別化の中心となるのは無形資産であることが多い。
文化という見えない資産は「暴走」しがち
規模の経済
コストと規模の関係
- 多くの商品を作ったり打ったりすると、固定費がその多くの商品に分散されるために1商品あたりのコストが下がる (固定費に関連)
- 購入量が多いために、売り手から有利な価格で交渉できる(変動費に関連)
- 多くの商品を作ったり、売ったりすることで「経験が豊富」なため、より効率的な製造・販売方法を確立してコスト を低く出来る(人間に関わるコスト: 製造・販売・研究開発)
- 規模の経済を考えるときは、その源泉をはっきりさせ、他社の動きに注意を払う必要がある。
- 規模は「大きい→強い→大きい」の自己再生産の要素を持つため、真似しにくい
- 大企業は一つ・二つの失敗ではびくつかないので多くのプロジェクトを試すことができ、上手く管理すればイノベー ションを起こせる可能性を持つ
垂直統合とアウトソーシング
- いくら強みがあっても、その強みが事業の成功要因にマッチしていなければ意味がない
- 施策は良いことばかりではない。施策・戦略の両面を考えて(場合によっては49対51の)決断をすることが経営者の役 割。
アウトソーシング
- 利点
- 自社の資源を強みに集中できること(弱みは外注する)
- 新技術の台頭に対して、外注先を変えることで柔軟に対応可能
- 組織が簡素化し、官僚化するリスクが下がる
- マイナス
- 外注先に重要な機能を依存し、事業としての付加価値を取り込まれてしまう危険性あり
- 外注先を通じて重要な情報・機能が競合相手に漏れる危険性あり
- 外注先との調整に手間取る危険性あり
垂直統合
- 利点
- 機能間の調整がしやすい
- 重要な機能・資源・情報の自社囲い込みが可能
- 全体の品質管理の徹底が可能
- マイナス
- 機能を取り込むための追加投資が必要
- 組織が拡大し、官僚化・部門利益の追求に走る危険性あり
- 競争がないため、コスト削減・品質アップの動機付けが減る危険性あり
ケーススタディ: サウスウエスト航空
- 戦略
- Who, What, Howで考える
- 商品・サービスとはターゲット顧客のニーズと自社のビジネスモデルが交わったところ
- 模倣者の失敗
- すべての要素を低コスト・フレンドリーサービスという商品のために一貫性を持って徹底で きなかった点
- 「安い商品を提供すること」と「商品を安く提供すること」を混同したこと
- 課題と方向性
- 成長には3つの目的がある:
- 投資家のニーズを満たすため
- 顧客のニーズを満たすと同時に規模の拡大を通じて競争力を増すため
- 社員にさらなる成長の実感と機会を与えるため
- 成長には3つの目的がある:
事業戦略
- 戦略を考える基本方程式
顧客にとっての魅力度 = (商品・サービスの「価値」) / (商品・サービスの対価(価格))
コスト戦略
「違うことをするか、同じ事を違うようにやって構造的なコスト優位を構築した上でその分のコストの差を低価格につ なげる戦略」
代表的なアプローチ
- 商品の機能の絞り込み・標準化
- ビジネスモデルの中で顧客にとって価値に低い機能を無くす・減らすことでコスト削減を図る
- 規模の利益によってコスト削減を図る
「いいことばかりの施策はない」
- 規模の経済を求めて大型投資をすることは大きなリスクがある
- 仕入先の絞り込みもリスクがある
価値戦略
- 機能的価値(例: 追加機能・高品質・高スピード)
- 情緒的価値(例: ブランド・プレステージ)
価値は人によって多様→ターゲット顧客の絞り込みが重要
機能的価値
- 技術革新が必要→ 開発投資が重要なポイント
情緒的価値
- 広告・宣伝だけでなく、既に高いブランドを持っている個人・企業との提携
- ブランド価値が低下しないように商品数の限定
価値戦略のリスク
- 多くの開発投資をすることで、優れた商品・技術が生まれる保証はないこと
- 行き過ぎたターゲット顧客絞り込み
- 会社側が「価値が上がった」と判断しても、顧客側が必ずしも同じように認識しない
- 競合相手の真似
一番手か二番手か
一番手のメリット例
- 技術上の優位
- 限られた資源の先行確保・先憂
- スイッチングコストの発生
- 先行投資によるコスト優位性・後続企業への脅威の確立
一番手のデメリット
- 市場の不確定さ
- 顧客の啓蒙コスト
- 顧客ニーズあるいは技術の変化
競争は常にダイナミック
- 常に現在の強み・競争力に対する布石を打たなくては、いつかは競合に追い抜かされる
企業戦略
多角化の考え方
- 企業戦略とは「そもそも一つの事業で行くべきか、複数の事業を持つ(多角化する)べきかどうか、もし多角化するの であれば複数の事業あるいは商品をどのように管理・調整するべきかに関わる企業の資源配分とその実行の方針」
「アンゾフのマトリックス」
- 既存の商品・技術などを応用して新たな顧客層を捕えるやり方
- 既存の市場・顧客の知識、関係を生かしてより多くの商品を提供する多角化(顧客の囲い込み、ワンストップショッ ピング)
- 商品・技術も新しく、かつ市場も新しい事業に参入する多角化(飛び地型)
1970年台の米国はコングロマリット型経営が盛んだった
- 「優秀なトップが全部を見るからリスクが小さい」と見られていたが、最近は流行らない
- 多角化といてっも資源配分だけではない
- BCGマトリックス・マッキンゼーのPPMは米国の教科書には載っていないことが多い
多角化とシナジー効果
往々にしてシナジー重視の新規事業は成功しない
多角化が失敗する理由
- 「種をまいたが、水をやらない」
- 「既存資源を活用する」のは簡単ではない: 移転(無形資産に対して当てはまる)と共有(有形資産に対して当てはま る)
- 共有
- 言うのは簡単だが、例えば営業マンの調整が必要だったり、利害対立が生まれるリスクあり
- 移転
ー ブランドが新規事業のイメージにマッチしない場合もあり- 上手くいかない新規事業のせいでブランドイメージ低下のリスクあり
多角化の勘違い
多角化成功のカギ
- 既存事業の資産・ノウハウは、(あるかいないかではなく)競争相手と比較して強いか強くないかで評価されるべき
- 新規事業での競争に勝つためには、そのために必要なすべての条件を揃える必要がある。往々にして、いくつかの 条件を満たしただけで、必ず成功するつもりになっている企業が多い。
- いかにも「(人を含めた)遊休資産」活用の新規事業参入は、真剣勝負の競合に勝てるわけがない
シナジーへの現実的な対応
- 無理なシナジー効果を狙うと、かえってマイナスになる(AOLとタイムワーナーの合併例)
- シナジー効果を発揮することが難しいなら、最初からほとんど期待しないで事業に取り組むという考え方もある (知 識の共有化、資源の効率活用は、さまざまな利害関係、政治力がはたらく)
- むしろ活用するのは資金力ぐらいにして、それぞれの事業は専門特化し、一つ一つが強い事業を目指すという考え方 もあって当然
- 多角化・新規事業を考える際は「なんとしても成功させる意気込み」は必要だが「成功することを前提」にしてはい けない
- いろいろな問題が発生することを前提にして地道に修正をする覚悟を持った人材を配置して取り組むこと、失敗・撤 退することをある程度踏まえた方向性を定めておくことが必要。そのような人の配置、方向性こそが企業戦略の中核
M&A・企業間提携と国際化
M&Aと企業間提携
M&Aの目的
- 規模・資源・スピードを買うこと
M&Aのリスク
- 知識・ノウハウの共有化が進まないうちに競合にシェアを取られる
- 統合にエネルギーを使い来る
- 買収先の資産価値評価の甘さ
M&Aを考える出発点
- 他社より高い金額で買う差額の正当化(プライベートシナジー)
- 目的・効果・リスクを突き詰めて考えるべき
- M&Aはよく結婚に喩えられる
四つの戦略オプション
- 提携
- ジョイントベンチャー
- ノウハウ交換
- 自前
国際化
国際化のジレンマ
- 国内で成功したビジネスモデルをそのまま持っていきノウハウや規模の効果をいかす
- その国の文化や顧客ニーズに合わせてビジネスモデルを変える
- 重要な点
- 異なった環境で自分逹の強みを失わないこと
- 戦略は固執せず、常に進化させること
サイキック・ディスタンス・パラドクス
- 「似ているという思い込みのため、小さいが重要な違いを見逃してしまう」
- 何が同じで、何が違うか、何を変えずに、何を変えるか
- 「国内がダメだから海外で」「他社が皆行くから、海外へ」という横並び的発送は危険
リーダーと意志決定
勇気
- 勇気があることと、臆病であることは矛盾しない
- 勇気とは、失敗を怖れないことではなく、失敗を恐れながらも挑戦する気持ち
意志決定
ー そもそも、必要なデータをすべて集め、未来を予測することは不可能
- 締め切りの存在
バイアス・偏見
- 意志決定者にとって最も必要なのは「外側からバイアスを客観的に評価し、また悪い情報、耳の痛い意見をも率直に 言ってくれるナンバー2」
- 女房役の本当の役割とは「信頼の上に培われた率直な意見」
意思変更
コミットすることの重要性と問題点
- エスカレーション・オブ・コミットメント
意志決定の柔軟性を阻むもの
段階 | 妨げる要因 | 要因の発生しやすい環境 |
注意 | 油断・慢心、組織の慣性 | 過去の成功体験、「長期政権」、大組織(官僚化) |
評価 | 自己正当化、フレーミング、社内政治 | 投資額の大きいプロジェクト、弱い企業統治、失敗に対して過酷な企業文化 |
行動 | プロジェクトの先行き不透明感、変更への抵抗 | 環境の不透明感、資金的余裕 |
- 問題が起こる前に備える
戦略の実行
戦略の実行が上手く行かない理由は二つ
- そもそも「出来た戦略を実行するだけ」ということはありえない
- 大規模の会社では戦略の実行について人によって解釈やコミットメントに大きな差が出やすい
戦略の実行と修正 – 走りながら考える
- 戦略の修正とは、戦略の実行の別名
- 社内の緊張: 新しいアイディア・修正案などトップと現場の緊張感
- 周辺視: 現場の社員だけを見ていても根本的な解決・戦略の修正はできない: 現状の周辺を見て根本的な解決を図る にはミドルの責任大
コミュニケーション
- 「部下は決してわからないとは言わない。わからないところは、自分で解釈する」
- コミュニケーションは双方向
- 個人の評価も上手く出来ていないのに、戦略のコミュニケーションがうまくいくはずがない
戦略の実行に向けて
- 追い込むとは、問題に直面させて、これまで見落としていたかも知れない小さな事象にも打開のヒントを探す貪欲さ を持たせること
- 現場とトップとの緊張感を生み出すものは、普段からのコミュニケーションと、そこから生まれる信頼関係以外にな い
- 戦略実行の本質とは、トップと現場の双方がリスクを認識し、リスクを背負うこと
- 現場主義、トップと現場との近さといった名に隠れたトップと現場との緊張感
- 「私たちは、いかにも組織が目的に向かって一直線に進んでいたかのように解釈しがちだが、現実は違う。組織が、 計算違い、失敗、あるいは予期しなかったことにどのように対処したかが長い目で見たときに成功に大きく関連する」