目次
はじめに
MATLAB/Simulinkのプロジェクトについてまとめてみた。
MATLAB/Simulinkのプロジェクトとはどういうものか、利点、一般的な運用フロー、フォルダ構成や注意点を中心に整理してある。
MATLAB/Simulinkプロジェクトとは
MATLAB/Simulinkの「プロジェクト」とは、端的に言うと
- モデル
- スクリプト
- データファイル
- 設定情報
- 関連するドキュメント
など、開発に必要なリソースをひとまとめにして管理できる作業環境のユニット
と理解するのが良いだろう。
Visual Studioのプロジェクトとの相違点
「プロジェクト」と聞くとVisula Studioのプロジェクトを思い浮かべるかも知れない。
似ている部分もあるが、違いもある。これらをまとめると以下のようになる:
共通点
- 開発作業の単位として、関連ファイルをまとめて管理する
- プロジェクト固有の設定(パス、依存関係、ビルド設定など)を保存できる
- 複数人開発や再現性の確保に役立つ
- バージョン管理との連携(Git, SVN 等)に対応
主な違い
項目 | MATLAB/Simulink プロジェクト | Visual Studio プロジェクト |
---|---|---|
主な対象 | モデルベース開発用のSimulinkモデル、MATLABコード、データファイル | ソフトウェア開発用のソースコードとバイナリ生成 |
実行結果 | モデルシミュレーション、コード生成、解析など | アプリケーションやライブラリのビルド |
構成管理 | ファイル依存関係解析やパス管理、モデル参照の可視化などMBD向け機能 | ソースコード依存関係(インクルード、参照)管理 |
ビルド設定 | Simulink Coder等によるモデルからのコード生成設定が中心 | コンパイラやリンカ設定など、ビルドプロセスが中心 |
データ管理 | ワークスペース変数、MATファイル、Excelなど数値データを統合 | 基本的にはデータ管理は対象外(DB等は外部で管理) |
GUIサポート | モデルやスクリプト、データをグラフィカルに関連付けて管理 | 主にコードエディタとソリューションエクスプローラーで管理 |
まとめると、Visual Studioのプロジェクトが「コードを中心としたアプリ開発単位」なのに対して、MATLAB/Simulinkのプロジェクトは「モデル・コード・データをまとめたモデルベース開発環境」という違いがある。 特にSimulinkの場合は、モデル依存関係やシミュレーション用データ管理まで含む点が特徴的だ。
MATLAB/Simulinkプロジェクトを使う利点
MATLAB/Simulink の「プロジェクト」を使う利点は、主に以下のように整理できる:
作業環境の再現性確保
- パス設定や環境設定をプロジェクトごとに保存できるため、別のPCや他のメンバーが開いても同じ状態で作業を開始できる
- ワークスペース変数やショートカットも含めて一括管理できる
関連ファイルの一元管理
- モデル(
.slx
)、スクリプト(.m
)、データ(.mat
や.xlsx
)、ドキュメントを1つのまとまりとして保存 - プロジェクトビューで依存関係や参照関係を可視化でき、漏れや重複を防止
依存関係と影響範囲の把握
- ファイル依存関係解析ツールにより、モデル・関数・スクリプト間の呼び出し関係を可視化
- モデル変更時の影響範囲を把握しやすく、テスト計画にも活用可能
バージョン管理との統合
- Git / SVN / その他のリポジトリと直接連携
- GUIベースで変更点の比較・マージやコミット履歴確認が可能
- Simulinkモデルも差分比較ができる(グラフィカルなモデル比較ビュー)
チーム開発効率化
- ファイルロックや更新通知で衝突を防ぐ
- 同じプロジェクト設定を全員で共有し、環境差による不具合を減らす
- 「スタートアップスクリプト」により、起動時に必要な初期化を自動実行
コード生成やビルド設定の一元化
- Simulink Coder等の設定をプロジェクト単位で保存
- 複数モデル間で共通設定を共有できる
7. 配布・引き渡しが容易
- 「アーカイブ」機能でプロジェクトをZIP化して、環境ごと他者に渡せる
- 再現性が高いので、納品や成果物レビューがスムーズ
まとめ
MATLAB/Simulink のプロジェクトは「モデル、コード、データ、設定をひとまとめにして、再現性とチーム開発効率を高めるための仕組み」。 個人作業でもチーム作業でも、作業環境の差異によるトラブルを減らし、開発を体系的に進められる。
プロジェクトの実際の運用フロー
MATLAB/Simulink の「プロジェクト」の運用フローは、初期構築 → 日常作業 → チーム連携 → 成果物配布という流れで考えると分かりやすい。 以下は、実務でよく使われる運用イメージ。
1. 新規プロジェクトの作成
- 新規プロジェクト作成
- 空のプロジェクトを作成、または既存ファイル群からプロジェクト化
- フォルダ構成設計
例:
/models … Simulinkモデル /scripts … MATLABスクリプト /data … MAT, Excel等の入力データ /docs … ドキュメント /lib … 共通ライブラリ
- パスと環境設定登録
- プロジェクト固有のパスを設定(他プロジェクトに干渉しない)
- スタートアップ/シャットダウンスクリプト設定
- 起動時の初期化(パス追加、変数ロード、ツール設定など)
- バージョン管理設定(必要に応じて)
- Git / SVN / 共有フォルダを設定
- 依存関係解析とリンク確認
- 必要なファイルやライブラリが揃っているかチェック
- 必要に応じてファイル・モデルをプロジェクトに登録
2. 日常作業フロー
- プロジェクトを開く(自動的に環境セットアップ)
- 作業対象ファイルを開く・編集(モデル修正、スクリプト更新など)
- 依存関係の確認
- モデルや関数を修正したら、依存関係ビューで影響範囲を確認
- 必要に応じてファイル・モデルをプロジェクトに登録、あるいは登録から外す
- シミュレーションやテスト実行
- コード生成(必要な場合)
- 成果の保存・コミット(バージョン管理システムに反映)
3. チーム開発フロー
- リポジトリからプロジェクトを取得
- 環境同期(プロジェクトが自動的にパス・設定を反映)
- 作業前に更新を取得(pull/update)
- 同時編集の防止(ファイルロックや作業分担ルール)
- 作業後にコミット&プッシュ
- 差分比較・マージ(Simulinkモデルは専用のモデル比較ツールで確認)
4. 成果物の配布・納品
- アーカイブ機能でZIP化
- 別環境で開いて動作確認(再現性チェック)
- 納品または他チームへ引き渡し
5. 運用のポイント
- パスや設定は必ずプロジェクトで設定(スクリプトによるパス設定は避ける)
- 外部依存ファイルは必ずプロジェクトに含めるか明示的にリンク
- バージョン管理とセットで使うと、チーム開発効率が格段に上がる
- 依存関係解析ツールを定期的に実行し、未使用ファイルやリンク切れを整理
フォルダ構成
フォルダ構成はユーザーが自由に設定できる。resourcesフォルダだけはユーザーが操作しない。resourcesにはプロジェクト管理の情報が格納されている。
構成例
一例としてフォルダの構成例を挙げておく。チーム内でやりやすい構成を調整しておくのが良い。
/data ← csv, matファイルなど /docs ← 説明などの文書を置く /lib ← ライブラリファイルを置く /models ← Simulinkモデルなどを置く /resources ← プロジェクト管理情報 (ユーザーは操作しない) /scripts ← mファイルを置く /work ← キャッシュ・コード生成物の置き場 /cache /codegen
「シミュレーション・キャッシュフォルダー」と「コード生成フォルダ」
「シミュレーション・キャッシュフォルダー」と「コード生成フォルダ」は少し特別なフォルダで、workフォルダの下に設定することが推奨されている。
これらの設定は[Simulink プロジェクト]→ [詳細]にある。

これらのフォルダを説明すると以下のようになる:
シミュレーション・キャッシュフォルダー
- Simulink がシミュレーションやモデル参照を高速化するために作る中間生成物(
.slxc
など)を保存する場所 - モデル更新や依存関係チェック時に自動で再生成されるため、ソースとしては不要な一時ファイル
コード生成フォルダ
- Simulink Coder / Embedded Coder が生成する C/C++ コードやビルド成果物(
.c
,.h
,.mk
など) - ビルド設定を変えれば再生成できるため、配布やバージョン管理の対象外にすべき
なぜ work
フォルダ以下にまとめるのか
プロジェクトルートをクリーンに保てる
中間生成物がモデルファイルと同じ場所に散らからず、開発用フォルダが見やすくなる
一括削除が容易
- キャッシュや生成物を削除したいときに
work
フォルダごと消せばOK - 「ビルドクリア」や「環境初期化」が素早くできる
バージョン管理をシンプルにできる
Git/SVN の .gitignore
に work/
を登録すれば、自動生成物をコミットせずに済む
環境依存ファイルの混入防止
開発者ごとに異なる生成物がソース管理に混入するのを防ぐ
ディスク容量管理
キャッシュや生成物が肥大化しても、work
の容量を見ればすぐ把握できる
work/resourcesフォルダの管理
work/resourcesフォルダの一般的な管理ポリシーを以下にまとめておく:
work フォルダ
- プロジェクト登録:する(MATLABから認識されるようにするため)
- バージョン管理:しない(Git/SVNの
.gitignore
に入れる) - 理由:
- キャッシュやコード生成物など、環境依存&再生成可能なファイルのため
- バージョン管理に含めるとリポジトリ肥大化や無意味な差分発生を招く
resources フォルダ
- プロジェクト登録:する(プロジェクト設定・依存関係・パス情報を保持)
- バージョン管理:する(チームで同じ設定を共有するため)
- 理由:
- プロジェクトの再現性や環境同期に必要
- ここがないと他メンバーが同じ構成でプロジェクトを開けない場合がある
まとめ表
フォルダ | プロジェクト登録 | バージョン管理 | 理由 |
---|---|---|---|
work | ○ | ✕ | 生成物で再生成可能、環境依存 |
resources | ○ | ○ | プロジェクト設定の共有に必須 |
運用の注意点
- work配下は生成物をすべてここに集めるよう設定し、プロジェクト外に散らばらないようにする
- resourcesは手動編集禁止、MATLABのGUIやプロジェクト設定画面からのみ変更する
.gitignore
の設定例:
work/
※ resourcesはignoreしない
プロジェクトに登録しないほうが良いファイル・フォルダ
プロジェクトに登録しないほうが良いファイル・フォルダは存在する。 登録することで、無用なトラブルを発生させる可能性があるからだ。
ただし、S-functionブロックを使っている場合のmexファイルはプロジェクト管理・ソース管理する必要があるだろう。 これらはコード生成の成果物ではなく、モデルの部品であるから、以下のポリシーの例外にあたる。
自動生成物・一時ファイル
例
- Simulink Coder / Embedded Coder の生成コード(
*.c
,*.h
,*_ert_rtw/
など) - シミュレーションキャッシュ(
*.slxc
) - ビルド成果物(
*.exe
,*.dll
,*.mex*
) - 一時ログファイル(
*.log
) - MATLAB一時ファイル(
*.asv
、*.bak
)
理由
- 再生成可能、環境依存、バージョン管理不要
- 登録すると依存関係解析や変更検出に無駄な負荷がかかる
対応
これらは work/
に集約し、.gitignore
に入れる
大容量データファイル(テスト用や実験用)
例
- 数百MB〜GB級の
.mat
、.csv
、バイナリデータ - 記録用の実験データ、シミュレーションログ
理由
バージョン管理に不向き(リポジトリ肥大化、差分管理不可)
対応
- プロジェクト外のデータサーバーやクラウドストレージに置き、必要なときだけ取得する
- 参照パスをプロジェクト設定に登録
個人環境依存ファイル
例
- ユーザーごとの設定ファイル(
.prj
内の個別パス設定や履歴ファイル) - IDEやエディタのローカル設定(
.vscode/
,.idea/
など)
理由
チーム環境でコンフリクトが頻発する
対応
個人用設定はプロジェクト外に置くか、バージョン管理から除外
OSや外部ツールが生成する補助ファイル
例
- Windowsの
Thumbs.db
、.DS_Store
(Mac) - 圧縮解凍ツールの一時ファイル
- オフィスソフトの一時ロックファイル(
~$*.docx
など)
理由
プロジェクトや開発には不要
対応
.gitignore
や除外フィルターで管理
まとめ
種類 | 登録しない理由 | 代表例 |
---|---|---|
自動生成物・一時ファイル | 再生成可能、環境依存 | *.slxc , *_ert_rtw/ , *.mex* |
大容量データ | バージョン管理不可、リポジトリ肥大化 | 実験用 .mat 、ログ |
個人環境依存 | チームでコンフリクト | .vscode/ , ユーザー固有設定 |
OS/外部ツール生成 | 無関係なゴミファイル | Thumbs.db , .DS_Store |
運用のコツ
- 「プロジェクトに登録するのは、共有すべきソース(モデル・スクリプト・必要データ)のみ」
- 再生成可能なファイルや個人依存のファイルは
work/
に隔離 or プロジェクト外 .gitignore
と プロジェクト除外設定 の両方で制御するとトラブル減少
おわりに
上記の説明は一般的な運用のまとめである。実際の運用では必要に応じて適宜アレンジすることになるだろう。
MATLAB/Simulinkプロジェクトはチームで作業する場合だけでなく、個人であってもある程度の規模のモデルを作る場合でも非常に有用なツールである。