藤原 毅夫 / 大学数学のお作法と無作法

最近はAmazonのカスタマーレビューも信用できないものが多くて、かなり慎重にならざるを得ません。

Amazonのカスタマーレビューでやっかいなのは、低い評価だけでなく、高い評価のレビューもあてにならない点です。

なまじブログでレビューしてあるものの方が信頼できそう、と思えたり。

この本はレビューで褒めていたので買ってみたのですが、どうも様子がおかしくて「失敗した!」と思った例です。

大学の元先生が書いた本のようですが、ひとことで言って「まことに残念な本」でした。

ただ「残念」と断ずるだけではフェアではないから、具体的にどういう点が「残念」なのか、以下に覚えとして残しておきましょう。

ターゲットを意識していない

たいていの本は誰に向けて書いているかが漠然と分かるものです。この本は数学に関する本なのですが、誰に向けて書いてあるのか首をかしげます。

メインのターゲットは

本害は、数学があまり得意でない人、あるいは数学は難しい言葉を使うから嫌いだという人、何に役立つのかわからないから勉強をする気になれな いと思う人に読んでほしいと思います。 本書のレベルは大学入学から卒業のころまでに設定しました。 本書は、数学の入り口で立ち止まつているあなたへのメ ツセージです。

だそうですが、結構広範な内容を扱っています。それに数値計算に関わる内容もあります。 扱う内容からして、ターゲットを意識した書き方とは思えません。

読む側を考慮していない

そもそも、読む側のことをあまり気にかけていない書き方が散見します。例えば前書きから

京都大学数理解析研究所において「教育数学」(「数学教育」ではない) の研究会が開催され,

という箇所があります。しかし、わざわざ聴き慣れない「教育数学」と強調しておきながら、その説明は出てこない。 この情報は必要だったのか、ぼくはかなりモヤモヤしながら読み始めました。

モヤモヤはあちこちで出てきます。

「2.3 言葉は生き方を決める」とありますが、読んでもこれに相当する内容が見あたらない。

読みかたが悪いのかも知れませんが、タイトルから想像される内容がすぐに見つからないのは悪文の最たるもの。 「生き方」なんて理工書ではあまり見かけない語で注意を引くのは良いとしても、読む側の失望感は大きい。 この辺りで、この本の評価は下がる一方です。

もうひとつ挙げましょう。

3.2.2 実数に負の数どうしの積が正になる説明の後にある文です:

負の数同士の掛け算 (—a) X (—b) は中学1年生の数学でやることになっています。 それだけ抽象度が高いということでしょう。 著者自身がどう理解したか、 小学校の時だと思いますが記憶にありません。しかし、上で示したような方法ではなかつたでしょう。 なんとなく疑問を持たずに通り過ぎて、頭の中に定着していたように思います。 このようなことは子供のそれぞれの個性に従って教えるべきです。 中途半端な公理的議論を持ち出して、理屈過度に教えるのはよくないし、 中学生になれば自然に分かるようになると、待つのも良くないのではないでしょうか.

で、結局何を言いたいのでしょう。 読んでいて徒労感しか感じませんでした。 こういう書き方をして、この本のターゲットとなっている人たちを動かせる気はしないですね。

あと、こういう文で「著者」と書くと最初は一人称として解釈せず、なにか別の本の著者を想像してしまう。 この著者は一人称の使い方にも気配りが足りないと思います。

期待を持たせては裏切るの連続の本

本のタイトルに「お作法と無作法」とあるのですが、「お作法」についてまともに書いてあるのが4章から。 その前の3章でに「無作法の勧め」とあって、順番が良く分からない。

先に「お作法」があって「無作法」があるのでないかと思うのですが、この著者はそうは考えてないらしい。

2章で「言葉の重要性」で論理的な文章云々と述べておきながら、このような文章を出されると「残念」という感想しか出ないですね。

こんな調子が続くと、後を読む気は失せていきます。ほんとうに必要な内容が選ばれているのか疑念すら持ちます。 (2章で枕草子や雪国の冒頭部分を引用していますが、これらは無くても良かったと思います。 あげつらっている意図を感じるので、読んでいて愉快ではなかったし。) 扱っている数学の内容に関しては良いものもあるのに、文章が稚拙で読む気が下がるという意味でも勿体無いと思いました。

おわりに

表面的にしか読んでないぼくでさえこの程度は気付くのに、まともに編集はされているのでしょうか。 自分のブログとかで無料のpdfで公開する程度の内容だと思いました。言い換えると、お金を取るレベルにはない。というか金を返して欲しいレベル。

「メタ」な視点での理解はどの分野でも大事で、そういう書き方をした数学の本は少ないとは思います。 この本はそういう部分を狙っているように思えて期待したのですが、一部で良い部分はあったものの、踏み込み不足だったり独り言のような内容でがっかりしました。

致命的なのは、文章が読んでいて面白くない。だから楽しくない。 こういう専門書っぽい雰囲気をあえて避ける文章の場合、読んで楽しい部分がないと読み続けられません。

和算や数学教育についての読み物としては森毅の「数学的思考」がおすすめです。 和算の限界は森毅も述べていますし、歴史的な見方としては森毅のエッセイのほうが説得力を感じます。 森毅の文章は面白いですからね。比べるのは酷な気もしますが、読者側として率直に感じる部分は仕方ない。

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