「給食営業マン サバイバル戦記」──営業マンのリアルと生存戦略

(更新日: 2025年9月29日 )

はじめに

このブログで最も人気のないカテゴリー、それは「読んだ本」つまり読書の記事である。それにもメゲずに書くとしよう。

今回はフミコフミオ著の「給食営業マン サバイバル戦記」だ。

この本のおおざっぱな紹介

著者(@Delete_All)は給食業界の中小企業の営業部長。 給食業界といっても学校給食だけでなく社食や官公庁の食堂も含まれる。だから誰でも何かしら関係している業界である。

そんな業界の裏側がユーモアと悲哀をこめて綴られているのがこのエッセイ。 基本的にブログの内容に手を入れているようで、知っている内容は多い。書き下ろしもあるので、私は買った。

著者は文章の書き方の本も出しているくらいだから、文章は上手い。ただそれだけではない。

秀逸なのは、どうにもならないビジネス上の「あるある」を読後感が悪くならない程度にうまく切り取っているところ。 実体験がベースなだけに、意識ばかり高いビジネス書よりは確実に勉強になると強く言いたい。 各エピソードもほど良い長さで、それでいてオチや学びが散りばめられている。

弱い立場のサラリーマンのリアル

ヒエラルキー最上位の会社以外の人なら、交渉場面でのやりとりは同意しかないだろう。

お仕事は慈善事業ではないので、基本的には双方の落とし所を探り合うのが本質だ。 そうであっても、力関係は歴然とある。弱者なりの護身術と交渉術を身につけるヒントもこの本にはあると思う。

なお、もし相手が一方的な交渉を強いるなら、ビジネス・パートナーではなく単なる搾取の対象と見ていることの現れ。 そういう場合は、傷が浅いうちに縁を切るようにするのが良い。

困るのは営業が完全に客側の場合だ。 特に大企業担当で調子(数字)が良い営業は、どちらを向いているのか怪しい。 そういう営業はもやは敵と同じだ。

本書でたびたび登場する銀行から派遣された筆者の会社の四天王役員に関するエピソードは他人事ではない。 自分の利益やメンツの最適化しか考えない者のほうが多数派だ。

お役人のズレた感覚

入札やコンペのエピソードは生々しい。お役人の世間知らずな商売オンチっぷりには笑うべきか怒るべきか。

ただ役人だけが感覚がズレているわけではない。

「必要な対価を払うべきで、そうするのが社会全体として正しい」なんて考える人は希少だ。 一方で、無意識に「何でも安ければ安いほど良い」と思い込んでいる人は多い。

そんなデフレ気分が抜けず麻痺したままの雰囲気が今の日本を支配しているから、この本のエピソードのように殺伐としたビジネス環境ばかりになっているのだと感じる。

「何でも安ければ安いほど良い」という意識は、巡りめぐって自分の給料もそうなっていることに気付いて欲しいものだ。

乗っ取り未遂

乗っ取り未遂のエピソードもある。私には、この著者ほど冷静に対応できる自信はまったくない。

このエピソードは営業担当が乗っ取りを未然に防いだのだが、営業マンによっては背任に近いことをする輩がいる。

私が知っているのは、現営業と元社員とグルになって会社の技術を売り渡そうとした例だ。 これはアウトではないが、狡猾な元社員の言いなりで商売道具のアセットを渡そうとした。

この営業担当は定年間近で再就職先として元社員がいる会社にポイントを稼ごうとしているともっぱらの噂だ。 ちなみに、この元社員は私の元上司である。

この二人の強引な案件で、もともと担当してた営業が一人辞めていった。定年が近いと、会社より自分を守ることのほうが大事に思えるらしい。 敵は意外と身近にいるものだ。

仕事を断わるということ

この本では仕事を断わるエピソードも多く、また著者も仕事を断わることの重要性を何度も述べている。

仕事を断わることが出来るのは、断わる余裕があるから。余裕がなければ仕事を選べない。 この点でも著者が仕事人として優秀であることが分かる。

どんな業界でも、クソみたいな仕事はある。往々にして、それを引き受けるとその仕事のせいで他の仕事も滞る。 だから仕事を選ぶのは非常に大事。これを分かっていない人は驚くほど多い。 「どんな仕事でも受けるべき」なんてのは、よほど仕事がないか、実務経験が乏しい者の戯言でしかない。

仕事を選ぶには「ヤバそうな案件」を避ける。断われないにしても、地雷は事前に潰しておく。 「ヤバそう」な案件かどうかは、情報と経験しかない。悪意がなくても、無邪気に無理な要求をしてくる客はいる。 特に大企業の若い客には注意が必要。経験もないのに立場だけが強いので簡単に暴走する。

サラリーマンなので、断われない場合も多々ある。 そんな時は、客の要望を鵜呑みにせず、客に主導権を渡さず、正しい方向性に誘導し、期待値を適度に下げさせ、必要以上に親身にならないように心掛けるようにしている。

おわりに

給食業界のエピソードとは言え、ビジネスの基本のきが詰まっている。 これから就職して働き始める人はもちろん、かなりのベテランでも新しい発見や学びがあることだろう。 私としては、就職前の人にぜひ読んでもらいたい。リアルな仕事というのは、こういう世界だということを教えてくれる数少ない一冊だから。

特に最後の部分にある営業マンとしての考え方は超おすすめ。30年近い経験から裏打ちされた結論は説得力がある。

著者は相当に優秀な営業マンだと思う。こんな人ばかりが営業なら、私の会社人生はもう少し楽しいものになるだろう。 現実はままならない。