人の話を聴かないヤツの話はつまらない

こちらの話を全く聴かない人と話をしなければならない機会があって、とてつもなく嫌な時間を過ごすハメになった。 この歳になっても、まだまだ修行しないといけないのか。

よくある話だし、よく分析されている東洋経済の記事のままなので、エピソードを繰り返すことはしない。

人の話を聞かない「リーダー」が意外と多いワケ | リーダーシップ・教養・資格・スキル

薄っぺらい話を聴かされる拷問

自分の経験では、こういう人の話はかなり陳腐でありきたりなことがほとんど。 含蓄もないし、何らかの教訓らしきものもない。さぞかし薄い人生を送ってきたんだろうな、と思う。 でも、実はこう思ってしまうのは、ちょっとしたお話でも含蓄や深みを感じさせる人を知っているせいかも知れない。

いわゆるスキップレベル何とかの位置付けだったから、何かをちょっと指摘したのだが、だらだらと言い訳染みたことを言われてしまう。 最初に結論を言って欲しい。まず話し方の訓練が必要だろう。 こっちも控えめに、遠慮しながら言ったのになぁ。 途中からはビデオを切って、内職していた。オンライン会議で良かった!

あ、いや実は無礼講と同じで、実際に無礼講をやってはいけない会だったのかも知れない。空気を読めてなかった自分が浅はかだったか…。

急に自分が知っている話に強引に切り替える。「傾聴」ということばを覚えて欲しい。 いやいや、頭の回転が速いせいかも知れない。今では貴重な遠浅の海のように、浅く広い知識の片鱗を見せてくれたことに気付けなかった!

話題があちこち飛ぶし、話が長いのに思い出せないほど中身が無い。 なにより語彙が貧しい。カタカナは多かったな。そのカタカナは実は記憶を消す魔術の詠唱だったのかも知れない…。

圧倒的に内容がない話で間を持たせるのは才能かも知れない。 無意識に憐みの目で眺めてしまった…。オンライン会議で良かった! 最初からビデオの受信も切ればもっと良かった!

インサイトも発見もない与太話で時間を取られただけだったなー。 態度だけは立派だったが。これは「さすが」だった。

肩書が立派だと人の時間を泥棒しても良いということはないと思うが、そういう異世界もあるのかも知れない。

なんでヤツ等の話は詰まらないのか

なんで、こういう人達の話は「つまんねー」のかとぼんやり考えてみると、インプットが少ないんだろうなと。

今回の相手の場合、最初から聴きたい相手・内容を決めている節があった。 「聞きたくなさそう・聞きづらそうな情報」を早い段階でシャットアウトしている。

ここからは想像だが、ほかの情報も入りづらくなるだろう。 だから「聴かない」のではなくて、「聴けな」くなってしまったのではないか。 いや、この技術はどうやって習得できるだろうか。客の聞きたくない話はシャットアウトしたいのだが。

もう一つ考えられるのは、「自分が話したい内容だけ話す」のがクセになっているのではないか、ということ。 自分の大学の先生もそういう人がいたな。(催眠の術式が超絶上手い先生もいたが…。) 相手の反応に頓着しなくなっている人は一定数いる。 いつでも相手が聴いてくれる前提でいると、そういう風になるのかな。

おわりに

次回以降、このような機会は全力で回避(欠席)することを固く誓った。

(2023年10月2日編集・追記)