母という病 / 岡田尊司

この歳になっても自分の母親には複雑な思いがモヤモヤしています。 亡くなって20年近く経とうというのに。

世の中で親との関係が良好な人なんてどれほどいるのでしょうかね。母親との関係がその人生の幸福感や満足感に大きな影響を与えるなんてあまり重要視されていないような気がします。この本はその重要性を繰り返し述べていて、母親とのこじれた関係が元で子どもが抱えてしまう種々の問題に「母という病」と名付けているのです。

母親との関係が不幸だと、その人生はとても生きづらくなる。その例や根っこにある問題を挙げてあります。 自分の状況と似た例があるかもしれません。ぼくの場合はありました。

昔の有名人・偉人と呼ばれている人たちも母親との幸せでない関係がなんと多いことか。 ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、ジョージ・ガーシュイン、ジェーン・フォンダ、ヘルマン・ヘッセ、岡本太郎、与謝野晶子…。今でも多いのだと想像します。

子どもが母親を求めるのに、母親の問題のせいで子どもが自身のキャラクターや行動に知らず知らずに問題を抱えてしまう。 だからこそ芸術の世界では人の心を動かす作品を生むのかも知れません。

ジョン・レノンの例は興味深かったな。自身が問題を抱えていた母親が音楽に導いたことも、ジョン・レノンが音楽をやってなければ飲んだくれになっていたと言われていたことも。

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愛着スタイル

著者の著作でよく議論されるのが「愛着スタイル」というものです。詳細は本書を参照して欲しいですが、大雑把に説明すると「愛着スタイル」というのは安定型(自律型)と不安定型に分類されます。不安定型はとらわれ型、不安型、回避型。これらのスタイルはこころの「安定基地」の持ち方で分類され、不安やストレスへの耐性を大きく左右します。

母親との安定した愛着を築けないと「安定基地」つまり精神的な避難場所、心を許せる場所が確保できない。 そのためストレスや不安に対して脆くなりやすい面を抱えるわけです。

母という病を抱えると

母という病を抱える人の苦しみについては次のように述べています:

母親とは、本来無条件で愛を与えてくれる存在だ。世界中のすべての人が的にまわろうと、最後まであなたのことを信じてくれる存在。

(中略)

ところが、母という病を抱えた人は、自分やこの世界を無条件に信じることができない。自分が当たり前にいるということ、そのことにさえ違和感を憶え、不安を感じてしまう。

このくだりで泣きそうになります。幼い頃の自分がそれでも母親を求めていたことがあったなと思い出してしまいました。

母という病は連鎖する…

母親自身の問題は、実はその母親や父親の問題に源流がある場合があります。 ゾッとしますね。

ぼくの母親も本人にはしんどい事情があることは理解しています。下にあるように、この病に向き合うために母親の事情についても整理していこうと思っています。

せめて自分の子ども達にはこの連鎖を味あわせたくないものです。

母という病と向き合う

ぼくの場合は今でも母親をどこか許せませんが、それでも向き合うのが大切なようです。

ジェーン・フォンダも母親が死んだ後で母親のことを調べて理解しようとして克服した。 何歳になっていても向き合うのは必要とあります。

向き合うためには、昔のことを一つひとつ丁寧に思い起こして事実を並べていくことから始めるのが良いとあります。 ネガティブなことばかりではなく、良いところや母親の気持ちや事情も理解できるようになるかも知れません。

おわりに

完璧主義気味で気疲れが多かったり、人の顔色を伺ってストレスに弱かったり、メンタル的な問題を自覚している人は読んでみると何かのヒントがあるかも知れません。実は母親との関係が源流だったなんてことは普通にありそうです。

ぼくの場合は自分の問題の根っこが分かった気がしています。

今後は少しばかり母親について書いてみようかと思います。

ちなみに筆者には「父という病」という著書もあります。これによれば、世の中で問題を抱える人にとっては「母という病」のインパクトの方がはるかに大きく、多くの人は母親との関係で躓いてしまうとのこと。言い換えると、父親との問題以前に母親との問題で生きづらくなるケースの方がはるかに多いといいます。家族の問題はもっと真剣に向き合うのが必要そうです。

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